この凧は長崎地方の唐人凧と系統を同じくするもので、
漁師達により西から東へと伝わったと考えられています。
当地方へ漁師団が定住するようになったのが1840年であると
凧愛好会の資料にあるところから、江戸後期より富津の唐人凧として
定着したのではないでしょうか。現在では男子出生の祝いにあげられる
凧で、絵柄は墨一色で上部に家紋が、下部には昇龍などが描かれます。