手術の時期の考察 高杉 潔
関節リウマチの薬物療法に携わり、患者さんの全身的な管理を主な任務としている内科医にとって、 表題を論じることはいささか荷の重い話であります。 薬物療法の最大の目的が「関節滑膜の炎症を抑制し、 関節の破壊を生じないようにすること」であるだけに、その経過中に「手術」を受けざるを得なくなるということは、 とりもなおさず、その保存的な治療法が失敗したことを意味するものであって、内科側としては、 つらい立場に立たされたことになります。そうこうしてるうちに、 整形外科側から「手術側への相談が何時も遅すぎる!」とお叱りを受ける羽目になります。
とはいえ、整形外科への相談遅れる最大の原因は、日本のリウマチ内科医が「対象患者さんの関節を総合的に把握する能力に欠けている」 ことに基因しているという現実があります。関節機能の評価もできないままに、いたずらに時を重ねるのみで、 リウマチの進行につれて、抜き差しならない事態になって、初めてSOSを発信することとなるわけで、 そうなればいかに有能な整形外科医でも容易に手を出しかねるほど障害が進んだ時期に立ち至っているという図であります。 鍵はリウマチ内科医の診察能力の向上ににあるということを特に強調しておきたい。
ここで少し自己宣伝をさせていただきます。我々は、この閉鎖状況から抜け出すための方策として、 「関節所見を取るための実地修練の会」を開催すべく、かねてよりその具体化に取りかかっており、 内科サイドのリウマチ診療の着実なボトム・アップにつながっていくことを期待しています。
さて、前置きはこれくらいにして、本題の「内科より見た手術の必要性」についてまず触れていきます。 このスライドは、関節リウマチ罹患歴10年の65歳女性の手掌面を示しています。 両側拇指球の著名な萎縮とともに、第一指より第三指にかけて数年以上を経過した知覚障害を有しており、 古い手根管症候群であることが一見して明らかであります。手根管内へのステロイド投与の時期は明らかに過ぎており、 いわゆる手根管開放術を受けるべきであると考えられます。 また、リウマチ視診医にもよく分かるのが、手関節において生じる手指の伸筋腱断裂像であります。 主犯人である背側弛緩の尺骨骨頭の切除とともに腱移行術を主とした再建術を施行していただくこととなります。 下肢のほうでは、中足趾節関節(MTP関節)の変形のため歩行困難となった方に対して、 「足趾形成術」をお勧めしています。 上記3つの手術は、約30年前、演者がエール大学でお勧めの手術として助言を受けたものですが、 今もって十分に通用する助言であると考えています。人工関節手術がやたらと脚光を浴びている現状ではありますが、 たとえ小さな手術とはいえ、これらの手術適応をよく把握しておいて、患者さんのQOL改善のために努力すべきでありましょう。
ここで各々の手術のタイミングについて概観してみます。
手根管症候群では、数回以上のステロイド局注にも反応せず、局所の腫脹が持続し、
かつ拇指球の筋肉萎縮の兆候が少しでもあれば保存的療法の限界と思われます。
尺骨骨頭の背側脱臼が進行してくれば、常に手指の伸筋腱断裂の危険性が存しており、
装具使用でも対応不能であれば腱断裂予防のためにもいわゆるダラ−の手術をお勧めしているが、
なかなか承諾をいただけないのが現状です。もっとも腱断裂にも拘わらず、
手術を拒否している内に腱断端が互いに癒着してその機能の回復したケースも希ながら存在しており、
指の屈曲が可能な限りさしたる不自由はないとする患者さんもいらっしゃって、なかなか決め付け難いところがあります。
このことは、足趾形成術でもいえることで、「変形が始まれば即、手術」ではないことは肝に銘じておきたい。
既製品の足底板などの使用でうまく経過を追える例は枚挙にいとまがありません。
ただ、細菌感染を頻回に来すベンチがあるさいには、真剣に形成術を考慮すべきでありましょう。
骨組織への感染波及の危険性と隣り合わせの状態にあるとおもえるからです。
今一つ問題となるのが、脊椎、なかんずく頚椎の病変です。これの環軸椎亜脱臼(AAS)はあまりにも有名ですが、 環軸椎のLateral Facet Joint罹患に誘発される大後頭神経痛(GON)やめまい・耳鳴りなどの 椎骨動脈循環不全症状が現れ始めれば、上部頚椎病変への観血的対応も求められることとなりえましょう。 シビレや筋力低下の症状が両手、両下肢などに出現するときは、下部頚椎の亜脱臼も疑ってかかるべきでありましょう。 通常のカラー装着あるいはフィラデルフィア・カラーの使用でも対応不能であれば、 ハロー・ベスト装着さらに頚椎固定術へと進まざるを得なくなります。
さていよいよ話を下肢の荷重関節に移すことにします。 荷重関節のうち、体外より触診することができない「股関節」の病変は、RAに長期間罹患後に発現することが通例で、 「可動域(ROM)の制限」を初期症状とするケースが大多数でありますが「あまり痛みを伴わない」のが特徴的であるためか、 とかく診察を等閑にされることが多い。何らかのきっかけでより精密な検査を試みることによって 初めてその可動域の制限、特にその内旋障害が明らかとなり、心中密かに赤面することがあります。 また、時に特徴的な夜間の疼痛増強を示す例にも遭遇します。 X線上で、関節裂隙の狭小化が次第に認められはじめ、局所的・全身的な薬物療法にも反応することなく、 中心性脱臼がしだいに進展して臼底突出症をきたすようになれば、内科サイドはギブ・アップの状態となります。 なお、大腿骨頭下関節包付着部にCystic erosionを認めることもよくあり、 これが進展すれば軽微な外力でも骨折のおそれがあることを内科サイドもよく認知しておきたい。
股関節に比べて触診可能な膝関節は評価しやすいものと言えようか。Stageのまだ進行していないケースで抗リウマチ剤投与に抵抗性を示し、 頻回にわたる局所関節の穿刺・洗浄療法に反応しない例では、演者はしばしば鏡視下滑膜切除術の施行をお願いしてきています。 厳密なControl studyを組めてきていないので、あまり強くは言えないのですが、ゆくゆくは「人工関節置換」に至るとしても、 それまでにかなりの時間を稼ぐことのできるいい方法ではないかと考えてきています。 大腿四頭筋強化訓練や膝関節拘縮(特に屈曲拘縮)予防のためのリハビリに充分つとめてもADL障害が強く、 外反変形の徴候や骨欠損像が出てくるようであれば、やむなく人工関節置換術の必要性を説き始めています。
おわりに一つだけ、肘関節の滑膜切除術の有用性について触れておきたい。RAの日常診療の際に、 最も治療抵抗性を示してその対応に苦慮するものの一つが肘関節の炎症です。徹底的な関節洗浄を伴う頻回の局所治療を試みるにも 拘わらず簡単に再燃してきて、あまつさえ屈曲拘縮をもきたしやすいのが常で、ここ十余年間思い切って関節局所を開いて徹底した 病変滑膜切除を施行しており、かなりステージの進行した例でもいい成績を収めてきていることを述べておきたい。
まず最近経験した例をここに示します。RA発症時33才の男性で「鉄筋工」というハードな仕事に就いている方であることに注目して下さい。 はじめはサラゾピリンによく反応していたが、94年頃よりスライド 上で赤丸印で示しているように、両側肘関節の頻回の「ステロイド注入」を必要とするようになり、その後一時小康状態になったものの、 97年末頃よりまた再燃の傾向をきたし、遂に98年3月に両側のOpen Synovectomyを施行。 以後全く無症状の状態となり、メソトレキセート・D−ペニシラミンの併用療法を続行しつつ、今日まで休むことなく仕事に従事していらっしゃいます。
以上はまだ2年余りしか経過していないケ−スですが、これまで当院で肘関節のOpen Synovectomyを施行され、 長期にわたって確実にフォロ−されてきている症例について、整形外科の安達部長にまとめていただいたものを次に提示します。 対象は13例14関節、内男性2例2関節、女性11例12関節で左右7関節ずつ。 手術時の平均年齢が48.9歳、その経過観察期間は7年余りから16年余りの平均11年6ヶ月というグル−プです。 まずその臨床的予後を見てみるに、4関節が既に人工関節置換に入っていたが、 疼痛・腫脹の残るもの1関節、疼痛ROM低下を示すもの1関節、ROM低下のみが2関節で、全体のほぼ半数近くを占めている6関節では、 全くと言っていいほど無症状のまま推移してきています。Larsen GradeにのっとったX線評価では、 術前Grade2、Grade4が各々等分7関節ずつでありましたが、このうちの各々2関節ずつが仲良く 人工関節置換に移行してきています。臨床的評価で無症状となっていた6関節の内訳は、 術前のGrade2よりGrade2、3へ各1関節ずつ、術前のGrade4よりムチランスのGrade5に1関節、 Grade4のままが3関節でこの6関節中5関節までが非利き手(左側)であったのが印象的です。
術後の療法の要ともいえる薬物療法の内容とその反応性の違い、 日常生活における関節負荷の状態等など・・・「臨床的・機能的予後」を規定している因子は多数に挙がると思われ、 今後これらのファクタ−をも加味した上での、よりきめの細かい検討が望まれるところであります。
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